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患者さんの体験談集「とらわれからの自由」No.10がでました

OCDの会から出している、患者さんの体験談集の最新版がでました。購入はOCDの会のHPから申し込んでください。
購入申し込みフォーム
全部で80ページ。一部600円です。
目次は;
第10号の記念号に寄せて 精神科医 原井 宏明
慈愛の祈り 心理療法士 岡嶋 美代
フルレンジの景色 40 代男性 加害恐怖,確認強迫
初めの一歩から少しずつ 50 代男性 加害恐怖,洗浄/確認強迫
私が捉えた強迫性障害 20 代女性 加害恐怖,確認強迫
パートナーの「うつ」を介護して 70 代うつ病女性の夫
家族の笑顔を目指して~11 年間を振り返る
40 代主婦 加害恐怖,洗浄強迫
うつ病になって良かった 40 代女性 うつ病
病の日々から過激な治療,そして復職へ
40 代男性 不潔恐怖,洗浄儀式
壊れかけた私の心に向き合う 30 代女性 うつ,社交不安障害
3 日間の集中治療が私を変えた
50 代女性 加害恐怖,洗浄強迫
自宅訪問でミノムシからの脱出
30 代男性 不完全/不潔恐怖,確認/洗浄強迫
自宅訪問の行動療法をやってみよう 臨床心理士 平田 祐也
薬を止めた時の事 30 代女性 社交不安障害
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私の寄稿文の一部を以下にご紹介します。

「とらわれからの自由」の第1号が発行されたのは2005年12月のことでした。それからほぼ毎年1冊ずつ、今回で10冊目になりました。よくここまで継続できたものです。「OCDの会」と「とらわれからの自由」もいつかはERP(エクスポージャーと儀式妨害)と同じぐらい、強迫症の患者さんとその家族にとってどこかで聞いたことがある普通の言葉になるかもしれません。この会と文集を生み出した側が勝手に願う甘い考え、と切り捨てられないところまで来た気がします。

回復した患者さんに感想文を書いてもらう、そしてそれを他の患者さんにも読んでもらうというアイデア自体は昔からあります。私にとっては、20代のころ、佐賀県吉野ヶ里町にある肥前療養所(現:肥前精神医療センター)でアルコール依存症の病棟を担当したときが初めてでした。ここでは久里浜方式と呼ばれる3ヶ月間の入院プログラムがあり、患者さんが退院するためには酒害体験談を書くことが必要でした。アルコール依存症の自助グループである断酒会の原則は“体験談に始まり、体験談に終わる”です。今思うと、20代でしかも酒には弱い私が50代以上のおじさん大酒家を説得するのは無理でした。私が何を言っても入院拒否だった患者さんが、ベテラン看護師さんの一言で入院を承諾することがよくありました。そうした患者さんが退院するときには、しっかりした体験談を書き、断酒会やAAなどで自分の体験を自分の言葉で話す姿は20代の私にはとても新鮮でした。強迫症やパニック症、躁うつ病などアルコールとは無関係の患者さんに対しても、私が担当した患者さんにも体験談を書いてもらうようになりました。書いてもらったものについて、最初のうちは私が適当にコピーして新しい患者さんに読んでもらうだけでした。2000年頃から私のホームページに載せるようになりました。OCDの会ができてからは会の出版物として出すようになりました。今、第1号を手にとって振り返ると昔の患者さんのことが記憶に蘇ります。今回はそうした思い出の患者さんのことを取り上げます。最初の2つは、とらわれからの自由には載せていない方です。

30年前:Yさん 20代女性 急速交代型双極性障害(躁うつ病)
Yさんに初めて会ったのは躁状態を起こして4回目の入院が必要になった1987年の秋です。私は27歳、彼女は22歳でした。彼女は体験談だけでなく、セルフモニタリングの効果についての論文執筆にも協力してくれました。1998年、私が肥前を退職した後もやり取りを続け、2016年夏に約20年ぶりに再会をしました。後日、再会のことを表に出してもよいかどうかを尋ねる手紙をYさんに送りました。次はその後もらった返事です。

私は先生をはじめとしてスタッフの方に良くしていただきました。もし、病気になっていなかったなら、肥前には来ていないし、先生にもお会いしていません。傲慢で何もわからない人間になっていたんじゃないかと思います。
先生が以前に私に「あなたは、幸か不幸か、病気になったわけだから」とおっしゃいました。本当に幸か不幸かと思います。心の持ち方で決まるのではないかと思います。
私が書いた感想文は公開されてかまいません。
私も先生と同じで病気で悩む方に役立てれば良いと思います。

20年以上前のことです。私が本当にそう言ったかどうかを私は覚えていません。でもYさんの記憶の中ではそれが本当だし、そして今の私にはっきりしていることは私も幸運に恵まれたということです。

11年前:アキちゃん 9歳女性 不潔恐怖・手洗い

とらわれからの自由では挿絵だけで登場します。感想文ではなく、感想絵日記がOCDの会のホームページにあります。ここに出てくる“くさい”鬼の先生の絵が私は大好きです。大人になってしまった彼女にはもう二度と描けないのが残念。

お母さんが書いてくださった感想文がNo.2の「強迫性障害の娘との関わり方、あきちゃんの母」にあります。学童期のOCDの親御さんには必読でしょう。

No.1 不潔恐怖(30歳・女性)「イメージ・エクスポージャーで不潔恐怖を克服した私」
 最初は、なかなか行動療法に踏み切ってくださらない方でした。入院するか行動療法をするかどちらか?と迫ってからやってくださった方です。当時の私は患者さんをあまり褒めていなかったことがわかります。今、思うと私の強引な押し付け方のせいで彼女を余計に意固地にさせてしまったのでしょう。

No.3 デスパ妻(30代・女性)「強迫性障害になったからこその人生」
強迫性障害からサヨナラするプールの絵が秀逸です。デスパ妻の夫「妻の強迫性障害」とペアです。

No.3 まい(30代・女性)「強迫観念の風船」
 菊池病院時代からなごやメンタルクリニックまで約10年間、治療をうけておられた方です。この間の変化は単純ではありません。何よりも家族が2人増えました。No.7“今を生きることが楽しい”も続けて読んで下さい。最初は嫌がっておられたSSRIを使うようになった理由も書いてあります。

No.3 すみ(30代・男性)「感染症恐怖の向こうに目指した未来」
 生活の様子の変化のグラフがあります。一回の入浴はピークで12時間でした。飛行機で菊池病院に受診していた彼がどうやって行動療法に踏み切ったか、それからどうしたかが詳しく書かれています。
このころ、動療法でOCDを治したアキちゃんや他の子どもたちがヒロインでした。幼い彼女たちが「私も泣きながらがんばったのよ」と言ってくれれば、あれこれ理由をつけてやりたがらない大人たちは逃げをうっている自分を恥じるようになるのでした。

No.4 モエコ(中学生女子)「死ぬ気でエクスポージャー」
 子どもっていいな、と思う文章です。恥やてらいがなく、理由づけや言い訳もありません。外から借りてきた大きな言葉を使ったり、飾った表現や喩えを使ったり、文章構成を凝ったりすることもありません。短い文で、自分が直接経験したことだけを自分の言葉で素直に書いています。それまでの私は、中学2年生は反抗期で行動療法をしてもらうのは難しいと考えていました。間違っていました。そして私も含めて普通の大人は、子どもは言葉で表現する能力が低いと思っています。いいえ、簡単な言葉で自分の直接体験を素直に語る子どもの文章の方が、格好良い言葉を使い人目を意識している大人の文章よりも、雄弁です。

No.4 チョコ(20代・女性)「エクスポージャーという名前のプレゼント」
 2008年2月に大阪で行った第3回研修会で、デモ患者さんとして出てくださった方の感想文です。長い治療歴をお持ちの方でした。デモ患者として出ることになった経緯、最初はエクスポージャーなどする気がなかったのに、結局とことんやってしまうことになってしまった経緯を書いてくれています。なごやメンタルクリニックにかかっていた方ではありません。エクスポージャーそのものよりも、後の儀式妨害ができるかどうかが治療の成否を決めます。終わった後の掲示板でのやり取りも詳しく書いています。

No.6 じゅん(40代・男性)「第一章 身だしなみ強迫」
強迫症といえば不潔恐怖・手洗い、加害恐怖・確認が二大勢力になるでしょう。でもそれ以外の強迫もあります。手洗い・確認は何か行動して体や心に何かが残ってしまったのを取り去り、もとに戻そうとすることといえるでしょう。身だしなみ強迫の場合は、最初から何か嫌なことが起こらないように外出する前など、行動する前に繰り返し行動をしてしまう方です。“家を出られない”という訴えはOCDの方にはよくありますが、よくある戸締り確認の場合は家のドアの外側に出てから、そこから離れられなくなるのに対して、身だしなみ強迫のような方の場合は、家のドアの内側で止まっています。

No.7 ベーシスト (40代・女性)「23年間の闘病生活からの解放」
自分の治療の経験をどう人に伝えたらよいかは普通の大人なら迷ってしまうでしょう。結局、言葉だけではすべては伝えられません。やったことがある人にしかわからないものがあります。しかし、自分の経験を伝えないままではもったいない、今までいろいろ治療を受けても悪くなるばかりだった自分が行動療法で良くなったことを忘れないように記録に残したい、人にも伝えことで治療を受ける人が増えてほしい、そんな気持ちが滲みでている文章です。実際の治療の様子はご自身が自分で自分に言い聞かせているような内容になっています。
ベーシストさんは2つの続編を書いてくれています。No.8のWaiko「病気の治療をする時に大切だったこと」、No.9の「病気が良くなってから3年目を迎えました」です。この3つを続きで読むと彼女の成長の様子、生活の変化がわかります。自分を守ってほしいといつも誰かに頼っていた彼女が、自分よりも弱い生き物-子犬-を飼い始めて変わりました。

No.8 すいか(30代・男性)「OCDでなければできなかったこと」
 静岡のOCDの会の中心になってくださっているすいかさんの感想文です。3日間集団集中治療では何をするのか、自分がどういう気持ちになったか、他の人は何をしていたかをわかりやすく書いてくれています。

OCD本人以外のもの
 No.2は家族の感想が中心になっています。他の家族の立場から書かれたものとしてNo.9「奴隷だった僕」は他と違っています。巻き込まれる側の感想が正直に、怒りも含めて書かれています。
 No.5からはパニック症や社交不安症、うつ病、前医で多剤大量処方だった方の感想文がでてきます。病名はOCDではありませんが、行動療法の原則や薬の選択はOCDの場合とも共通しています。他の疾患のことも知っておくとOCDに対する理解も深まるでしょう。

良い感想文の文章 vs OCDのときの文章
 OCDの症状の特徴は想像上のことを恐れることです。未知の感染症を恐れたり、まだ生まれてもいない子どもの未来を心配したり、地獄のような想像上の災難を恐れたりします。いずれも直接自分自身では一度も体験したことがないものです。OCDの人が話すときには、本で読んだことやネットで調べたこと、テレビや新聞、噂などを通じで知ったことをもとに話します。行動療法をきちんとした方は未知や未来、想像上のことではなく、今ある現実で、自分自身が直接体験したことを話してくれます。良い文章とは“簡単な言葉で自分の直接体験を素直に”語るものなのでしょう。逆に、他人の経験を借りて専門用語を使い、長ったらしい文章を偉そうに書いたものは?おっと、私はよくそういう文章を専門家向けに書いているのでした。

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